2006-11-06から1日間の記事一覧
集成4 『旅の空の下で』 「一九六八年の夏の反省」: 109 日記 1968/10/22: 4-531-532 1971/1/11: 5-372
集成2 『砂漠に向かって』 1967/6/11: 422-423(菅野昭正君と夕食) 日記 1968/3/3: 4-521
集成1 『流れのほとりにて』 1958/2/18: 430(漢字) 集成2 『城門のかたわらにて』 1958/12/26: 075(古代の日本人が中国語を学んだ仕方) 1958/12/31: 081 『砂漠に向かって』 1963/4/13: 206(漢学) 1966/1/3: 263(漢和辞典) 1966/9/8: 294 1966/9/1…
集成3 『遥かなノートル・ダム』 「霧の朝」: 036(大正大震災) 日記 1964/9/1: 3-368(関東大震災) 1965/9/2: 3-422(大震災)
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 013 1956/4/1: 151 1956/4/9: 155 1956/4/12: 161, 162 『流れのほとりにて』 1957/4/18: 214 1957/4/21: 244, 245 1957/6/16: 301 1957/12/29: 405(古い感覚と感傷との燃焼) 1958/4/30: 465(感傷と感…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 012, 013, 014, 017(感覚のノスタルジー), 018, 022(魂の感覚), 023 1953/10/13: 025(感覚的色彩) 1953/10/14: 033 1953/10/15: 034, 036 1953/10/17: 039, 040 1953/10/24: 071(直接の感覚) 1953…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 013 1953/12/25: 085 1953/12/26: 092 1956/4/6: 153 1956/4/12: 159 『流れのほとりにて』 1958/2/2: 408(約七年間住みなれたカルティエ・ラタンを去って), 409 1958/2/15: 425 1958/2/18: 430 1958/2/…
集成5 『木々は光を浴びて』 「木々は光を浴びて、……」: 052
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 021(「我らの避け所なる神」) 1953/10/17: 040 1953/10/18: 046(女性から天使に、天使から神にまで) 1953/10/19: 050(神の愛の宇宙的な支配), 052 1953/10/24: 070, 071(若いバッキュス神) 1953/1…
集成2 『城門のかたわらにて』 1959/8/23: 103 『砂漠に向かって』 1967/3/30: 346(鎌倉海岸) 1967/8/31: 481(金沢街道) 1967/11/4: 491(病気で鎌倉で保養していた時), 492(鎌倉の光にみちた広い空) 集成3 『遥かなノートル・ダム』 「滞日雑感」:…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 020(日本へかえる旅費) 1953/10/14: 031 1953/12/26: 091(三十フランのカフェー・オーレー) 1953/12/27: 095(三食付で三〇ペセタ(二七〇、八〇フラン)のパンシオン代), 101 1956/4/6: 153 1956/9/…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/8: 008 1953/10/9: 013(感傷的なかなしさ), 014(悲しい音楽), 016, 017(悲哀) 1953/10/13: 026(悲しい経験), 028(凄まじい悲しみ), 029(無限の悲しみ), 030 1953/10/14: 031(悲しみの影) 1953/…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 022(僕はカトリックではない), 024(中世以来のカトリシスム) 1953/10/22: 064 1953/10/24: 071(中世カトリシスムのマリアとキリストとに対する信仰) 1953/12/26: 093 1953/12/27: 105(カトリックの…
集成2 『砂漠に向かって』 1966/9/7: 291 1967/6/10: 418 集成3 『遥かなノートル・ダム』 「思索の源泉としての音楽」: 217 「ノートルダム寺院を主題にする」 「黄昏のノートルダム」: 275 日記 1959/6/18: 2-538
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/15: 036(克己と規律と仕事) 1956/3/24: 129(自己に克とう) 1956/3/27: 144(東洋流の克己心) 1956/3/30: 146(忍耐と克己) 『流れのほとりにて』 1957/4/21: 248 1957/6/3: 282(自分に克つこと) 集成…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/8: 007 1956/8/5: 171(家庭) 『流れのほとりにて』 1958/4/22: 453 集成2 『城門のかたわらにて』 1958/7/5: 011 1958/12/14: 062 1959/9/1: 114 『砂漠に向かって』 1963/4/13: 207 1963/9/7: 213(家族…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/8: 008 1953/10/14: 032(過去の虚像) 1953/10/18: 046 1953/10/19: 048 1953/10/20: 060, 061(過去の黄昏) 1953/10/22: 065(過去の映像) 1954/2/16: 116, 117-118(かなしみとむごたらしさの堆積してい…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1956/3/26: 140 日記 1956/12/29: 1-515 1970/2/25: 5-329
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/14: 032 1953/10/20: 056 1953/10/24: 069 1953/12/25: 081, 086, 087 1953/12/26: 092(仕事(研究)) 1954/1/5: 113 1954/2/16: 118 1956/3/24: 129(芸術、学問、宗教) 1956/3/26: 140(煩瑣な考証的研…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/9: 023(精神の覚醒) 1954/1/5: 113(目醒めた) 『流れのほとりにて』 1958/2/15: 425(日本人で思考に目醒めていくもの) 集成2 『城門のかたわらにて』 1958/7/5: 007 『砂漠に向かって』 1963/9/13: 22…
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1954/2/16: 118 集成2 『砂漠に向かって』 1967/5/15: 370 1967/5/26: 373 集成5 『木々は光を浴びて』 「雑木林の中の反省」: 012 日記 1971/2/25: 5-393
集成1 『バビロンの流れのほとりにて』 1953/10/22: 065(純良で手がたい学者的な風格) 1956/5/9: 164(偉大な学者), 165(美学者), 166(物理学者), 168(デカルト研究者) 1956/8/30: 183(科学者) 1956/9/2: 197 1956/9/3: 201(ドイツの文学者) …